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心房細動に関わる新しい遺伝子マーカ―を同定―心房細動の遺伝的人種差と発症メカニズムの解明に貢献―

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東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)の研究グループは、理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター統計解析研究チームの鎌谷洋一郎チームリーダー、循環器疾患研究チームの伊藤薫チームリーダー、東京医科歯科大学統合研究機構の田中敏博教授らの研究グループに協力して、日本人集団の大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)[1]を行い、心房細動の新しい感受性遺伝子2の同定に成功しました。

心房細動は、心房内の異常な電気信号により心房が不規則に細かく震える不整脈で、心不全や脳梗塞に至る疾患です。心臓弁膜症などの臨床的要因や飲酒などの環境的要因は研究されてきましたが、遺伝的要因については少数の感受性遺伝子が判明しているのみで、理解は不十分でした。

今回、国際共同研究グループは、日本人集団における心房細動患者11,300人と対照者153,676人に対して、心房細動の発症に関与する遺伝子領域を調べました。その結果、六つの新たな心房細動感受性遺伝子領域を発見しました。これらの領域に含まれる「PPFIA4遺伝子」、「SH3PXD2A遺伝子」は神経系回路形成に重要な軸索形成に関与する遺伝子群であり、神経堤細胞[3]分化経路が心房細動発症に関与していることが明らかになりました。また、六つの遺伝子領域のうち五つが日本人のみで心房細動と関係することも分かりました。一方、研究グループが日本人の解析結果を提供した心房細動ゲノム解析研究国際コンソーシアム(AFGenコンソーシアム)[4]では、心房細動患者18,398人と対照者91,536人を用いたGWAS、心房細動患者22,806人と対照者132,612人を用いたエキソームチップを用いた関連解析[5]とレアバリアント解析[6]を行いました。その結果、12箇所の心房細動感受性遺伝子領域を同定されました。

今後、本成果を手掛かりに心房細動発症の詳細なメカニズムの解明や、メカニズムに関連した分子ターゲットの発見によって疾患に効果的な創薬につながると期待できます。また同定された一塩基多型(SNP)[7]群は、心房細動の発症リスクを予測する疾患遺伝子マーカーとしての活用が期待できます。なお、本研究で作成した日本人集団におけるジェノタイプデータは、科学技術振興機構(JST)バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)を通じた公開を予定しています。

本成果は、国際科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(4月17日付け:日本時間4月18日)に掲載されました。また、AFGenコンソーシアムが行った研究成果も、同時に国際科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されました。

本研究は、日本医療研究開発機構の「オーダーメイド医療の実現プログラム」の支援のもと行われました。

 

背景

心房細動は、心房内に不規則な電気信号が発生し、心房が不規則に細かく震える不整脈です。日常臨床で最もよくみられる不整脈の一つで、心不全や脳梗塞などの重篤な病態を引き起こす疾患でもあります。日本人での有病率は60歳未満では0.5%以下ですが、年齢とともに上昇し80歳では3.2%に達します(注1)

これまで、心房細動の発症原因として、心血管系の器質的疾患などの臨床的要因や飲酒などの環境的要因が研究されてきました。遺伝的要因については、大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)と国際的なメタ解析[8]で14個の心房細動感受性遺伝子領域が同定され、特に「PITX2遺伝子」が心房細動の発症リスクと相関していることが分かっていました(注2)。しかし、これらの疾患感受性領域の分布には人種差があることが示唆されていることに加え、超高齢社会の日本にとっては非常に重要な疾患となるため、日本人のサンプルを用いた遺伝子解析の必要性が高まっていました。

そこで研究グループは、バイオバンクジャパン[9]のサンプルを中心に日本人集団で大規模な解析を行うことにより、日本人における心房細動感受性遺伝子の解明を試みました。また、心房細動ゲノム解析研究国際コンソーシアム(AFGenコンソーシアム)に協力し、欧米人との比較を試みました。これらGWASで検出される疾患感受性遺伝子群を用いたパスウェイ解析[10]を通じて、心房細動の発症メカニズムの解明にも取り組みました。

(注1)
Inoue, H. et al. “Prevalence of atrial fibrillation in the general population of Japan: an analysis based on periodic health examination. ” Int J Cardiol 137, 102-7 (2009).
(注2)
Sinner, M.F. et al. “Integrating genetic, transcriptional, and functional analyses to identify 5 novel genes for atrial fibrillation. ” Circulation 130, 1225-35 (2014)

研究手法と成果

研究グループは、日本人集団における心房細動患者8,180人と対照者28,612人に対してGWASを行いました。対照者28,612名のうち10,000名は当機構とIMMがDNAと属性情報を提供しました。

さらに再現性を確認するために患者3,120人と対照者125,064人に対してGWASを追加で行いました(合計:患者11,300人、対照者153,676人)。

これら二つの結果を合わせてメタ解析したところ、六つの遺伝子領域「1p13/KCND3遺伝子領域」、「1q32/PPFIA4遺伝子領域」、「2p14/SLC1A4-CEP68遺伝子領域」、「4q34/HAND2遺伝子領域」、「10q12/NEBL遺伝子領域」、「10q24/SH3PXD2A遺伝子領域」が、心房細動のなりやすさに関係する遺伝子領域として検出されました。これらの領域上にある遺伝子のうち「PPFIA4遺伝子」、「SH3PXD2A遺伝子」は神経系回路形成に重要な軸索形成に関与する遺伝子群でした。さらにパスウェイ解析の結果、神経堤細胞分化経路が心房細動の発症に関与していることが示されました。

次に、心房細動の遺伝的要因の人種差を検討するためにAFGenコンソーシアムで行った欧米人のGWASの結果と比較したところ、新たに発見した六つの遺伝子領域のうち五つが日本人集団のみで有意に関係することが分かり、心房細動の遺伝的要因における人種多様性が示されました。

加えて、過去に明らかにされた9個の感受性遺伝子上の一塩基多型(SNP)と今回のGWASで明らかになった6個の感受性遺伝子上のSNPのジェノタイプデータ[11]を用いて遺伝的リスクスコア[12]を作り、心房細動の発症のしやすさを検討しました。その結果、リスクスコアが高い群は低い群に比べて、約7倍心房細動を発症しやすいことが分かりました(図1)。しかし “勝者の呪い”[13]バイアスを避けるため、将来的に他の研究でもスコアの有効性を確認する必要があると考えられます。

説明図・1枚目(説明は本文下に記載)
図1.遺伝的リスクスコアを用いた心房細動発症リスクの検討

過去の報告された9個の一塩基多型(SNP)と今回検出された6個のSNPを用いて、遺伝的リスクスコアを作成した。スコアに応じてグループを分け、グループ1(スコア3.076以下)をリファレンスとして心房細動のオッズ比(ある事象の起こりやすさについて二つの群で比較したときの違いを示す統計学的尺度)を計算した。その結果、右の図のように、グループ4にて約7倍のリスク上昇が認められた。

一方、AFGenコンソーシアムが中心となった研究では、心房細動患者18,398人と対照者91,536人を用いて31の研究結果のGWASメタ解析を行い、10箇所の新しい感受性遺伝子領域を同定しました。また、心房細動患者22,806人と対照者132,612人のエキソームチップを用いた関連解析では、17の研究結果のメタ解析を行い、さらに二つの新しい疾患感受性遺伝子領域を同定しました。さらに、同じサンプルを用いて、頻度の少ないレアバリアントに着目した解析では、「SH3PXD2A遺伝子」が主にアジア系人種において有意に心房細動発症と関係していることが分かりました。また、人種特異的GWAS解析では、「PITX2遺伝子」の上流領域(4q25)がアフリカ系アメリカ人、欧米人、アジア人にて最も強く心房細動発症との関連を示しました。しかし「12p11/PKP2遺伝子」は、欧米人のみで有意に心房細動発症と関連しました。

既報と新規発見した心房細動感受性遺伝子領域計24個の解析の結果、これらは心臓組織のエンハンサー領域[14]に多く存在していること、また心臓の活動電位伝播と心筋収縮に関連していることが示されました。

 

今後の期待

本研究により、多人種間で共通、または日本人で有意な心房細動感受性遺伝子領域が明らかになりました。今後、これらを手掛かりに心房細動発症の詳細なメカニズムの解明や、メカニズムに関連した分子ターゲットの発見によって疾患に効果的な創薬につながると期待されます。また、同定されたSNP群は心房細動の発症リスクを予測する疾患遺伝子マーカーとしての活用が期待されます。

本研究で作成した日本人集団におけるジェノタイプデータは、科学技術振興機構(JST)バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)を通じた公開を予定しています。

 

論文情報

タイトル
Identification of six new genetic loci associated with atrial fibrillation in the Japanese population
著者名
Siew-Kee Low, Atsushi Takahashi, Yusuke Ebana, Kouichi Ozaki, Ingrid E. Christophersen, Patrick T. Ellinor, AFGen Consortium, Soichi Ogishima, Masayuki Yamamoto, Mamoru Satoh, Makoto Sasaki, Taiki Yamaji, Motoki Iwasaki, Shoichiro Tsugane, Keitaro Tanaka, Mariko Naito, Kenji Wakai, Hideo Tanaka, Tetsushi Furukawa, Michiaki Kubo, Kaoru Ito, Yoichiro Kamatani and Toshihiro Tanaka
雑誌
Nature genetics
DOI
10.1038/ng.3842
タイトル
Large-scale analyses of common and rare variants identify 12 new loci associated with atrial fibrillation
著者名
SIngrid E. Christophersen, Michiel Rienstra, Carolina Roselli, Xiaoyan Yin, Bastiaan Geelhoed, John Barnard, Honghuang Lin, Dan E. Arking, Albert V. Smith, Christine M. Albert, Mark Chaffin, Nathan R. Tucker, Molong Li, Derek Klarin, Nathan A Bihlmeyer, Siew-Kee Low, Peter E. Weeke, Martina Muller-Nurasyid, J. Gustav Smith, Jennifer A. Brody, Maartje N. Niemeijer, Marcus Dorr, Stella Trompet, Jennifer Huffman, Stefan Gustafsson, Claudia Schurman, Marcus E. Kleber, Leo-Pekka Lyytikainen, Ilkka Seppala, Rainer Malik, Andrea R. V. R. Horimoto, Marco Perez, Juha Sinisalo, Stefanie Aeschbacher, Sebastien Theriault, Jie Yao, Farid Radmanesh, Stefan Weiss, Ale xander Teumer, Seung Hoan Choi, Lu-Chen Weng, Sebastian Clauss, Rajat Deo, Daniel J. Rader, Svati Shah, Albert Sun, Jemma C. Hopewell, Stephanie Debette, Ganesh Chauhan, Qiong Yang, Bradford B. Worrall, Guillaume Pare, Yoichiro Kamatani, Yanick P. Hagemeijer, Niek Verweij, Joylene E. Siland, Michiaki Kubo, Jonathan D. Smith, David R. Van Wagoner, Joshua C. Bis, Siegfried Perz, Bruce M. Psaty, Paul M. Ridker, Jared W. Magnani, Tamara B. Harris, Lenore J. Launer, M. Benjamin Shoemaker, Sandosh Padmanabhan, Jeffrey Haessler, Traci M. Bartz, Melanie Waldenberger, Peter Lichtner, Marina Arendt, Jose E. Krieger, Mika Kahonen, Lorenz Risch, Alfredo J. Mansur, Annette Peters, Blair H. Smith, Lars Lind, Stuart A. Scott, Yingchang Lu, Erwin B. Bottinger, Jussi Hernesniemi, Cecilia M. Lindgren, Jorge Wong, Jie Huang, Markku Eskola, Andrew P. Morris, Ian Ford, Alex P. Reiner, Graciela Delgado, Lin Y. Chen, Yii-Der Ida Chen, Roopinder K. Sandhu, Man Li, Eric Boerwinkle, Lewin Eisele, Lars Lannfelt, Natalia Rost, Christopher D. Anderson, Kent D. Taylor, Archie Campbell, Patrik K. Magnusson, David Porteous, Lynne J. Hocking, Efthymia Vlachopoulou, Nancy L. Pedersen, Kjell Nikus, Marju Orho-Melander, Anders Hamsten, Jan Heeringa, Joshua C. Denny, Jennifer Kriebel, Dawood Darbar, Christopher Newton-Cheh, Christian Shaffer, Peter W. Macfarlane, Stefanie Heilmann, Peter Almgren, Paul L. Huang, Nona Sotoodehnia, Elsayed Z. Soliman, Andre G. Uitterlinden, Albert Hofman, Oscar H. Franco, Uwe Volker, Karl-Heinz Jockel, Moritz F. Sinner, Henry J. Lin, Xiuqing Guo, METASTROKE Consortium of the ISGC, Neurology Working Group of the CHARGE Consortium, Martin Dichgans, Erik Ingelsson, Charles Kooperberg, Olle Melander, Ruth J. F. Loos, Jari Laurikka, David Conen, Jonathan Rosand, Pim van der Harst, Marja-Liisa Lokki, Sekar Kathiresan, Alexandre Pereira, J. Wouter Jukema, Caroline Hayward, Jerome I. Rotter, Winfried Marz, Terho Lehtimaki, Bruno H. Stricker, Mina K. Chung, Stephan B. Felix, Vilmundur Gudnason, Alvaro Alonso, Dan M. Roden, Stefan Kaab, Daniel I. Chasman, Susan R. Heckbert, Emelia J. Benjamin, Toshihiro Tanaka, Kathryn L. Lunetta, Steven A. Lubitz, Patrick T. Ellinor on behalf of the AFGen Consortium
雑誌
Nature genetics
DOI
10.1038/ng.3843

補足説明

[1]ゲノムワイド関連解析(GWAS)
疾患の感受性遺伝子を見つける代表的な方法。ヒトゲノムを網羅した数百万~1,000万の一塩基多型を対象に、対象サンプル群における疾患との因果関係を評価できる。2002年に世界で初めて理化学研究所で実施された手法であり、以後世界中で利用されている。GWASは、Genome-Wide Association Studyの略。
[2]疾患感受性遺伝子
単一遺伝子病の原因遺伝子のように遺伝子に変異があると必ず発症するというものではなく、変異があると発症しやすくなったり、逆に発症しにくくなったりする遺伝子。
[3]神経堤細胞
脊椎動物にみられる細胞で、胚発生の過程で背側から胚体内の各所へ移動し、頭部骨格、全身の末梢神経細胞、色素細胞、内分泌器官構成細胞など、多様な細胞のもととなる。
[4]心房細動ゲノム解析研究コンソーシアム(AFGen consortium)
心房細動の遺伝的基盤を網羅的に検討する目的で結成された国際コンソーシアム。北米、ヨーロッパ、日本など世界中のゲノム解析施設で構成されている。
[5]エキソームチップを用いた解析
エキソームチップは従来のGWASで用いられていたジェノタイピングアレイでは捉えない低頻度の遺伝子多型を検出し、これらの関連解析を可能とする。同様の低頻度遺伝子多型を検出する方法としてエキソームシークエンスがあるがそれよりも安価なので、コスト面で大きなサンプルサイズが期待できる。
[6]レアバリアント解析
従来のGWASの解析では比較的高頻度の遺伝子多型のみを対象としていたため、疾患の遺伝率の全て説明することが出来なかった(失われた遺伝率問題)。この問題を解決する1つの方法として低頻度の遺伝子多型(レアバリアント)の関連解析がある。実際、レアバリアントはヒトの遺伝子変異の大部分を占め、なおかつ機能に関連がある可能性が高いため、その解析は有用であると考えられた。しかしながら頻度が少ないため統計的パワーを得るためには大きなサンプルサイズを要する。
[7]一塩基多型(SNP)
ヒトゲノムの個人間の違いのうち、集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして、ヒトゲノム塩基配列上の一カ所が変化して生じる一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNP)がある。
[8]メタ解析
二つ以上の統計解析結果を合わせる際に、それぞれの解析結果でばらつきのある面を統計学的に排除し、偏りのない合算をする手法。
[9]バイオバンクジャパン
オーダーメイド医療実現化プロジェクトの基盤となるDNAサンプルや血清サンプルを47疾患(延べ約20万人)から収集し、臨床情報とともに保管している世界でも有数の資源バンク。情報は個人情報管理に配慮し幾重にも厳重に管理されている。2003年から東京大学医科学研究所内に設置されている。
[10]パスウェイ解析
過去の実験データより得られたデータベースをもとにして生物学的機能解釈を行うために、生命現象を制御しているどの生物学的過程・経路が有意に関係しているか解析する手法。
[11]ジェノタイプデータ
実際のサンプルから得られたヒトゲノム配列データの総称。個人間で異なるヒトゲノム配列部位を対象にデータ化されている。
[12]遺伝的リスクスコア
複数のSNPを遺伝的なリスク要因として集約し疾患発症を予測するためのスコア。スコアが高いほど遺伝的リスク要因となるSNPを多く持っているため疾患発症のオッズ比(ある事象の起こりやすさについて二つの群で比較したときの違いを示す統計学的尺度)が高くなると予想される。
[13]勝者の呪い
元々はオークションの勝者が実際の価値よりも多く払う傾向を指した用語であるが、遺伝子リスクスコアにおいては、新しく同定した遺伝子領域の疾患リスクを(元々のスタディの統計的パワーなどの問題により)高く見積もってしまう現象を指す。
[14]エンハンサー領域
遺伝子の発現を調節するようなDNA領域。この領域に転写因子などのタンパク質が結合することで、遺伝子の発現が調節される。遺伝子の転写開始点から近い転写調節DNA領域がプロモーター領域で、転写開始点からは隔たっている転写調節DNA領域がエンハンサー領域。

 

 

 


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