ゲノム医療の社会実装とその職域での課題に関する総説が産業医学ジャーナル47巻4号に掲載されました。
ヒトの全DNA配列を解読する「ヒトゲノム計画」の成功が2003年に発表されて以降、うまれもった遺伝子の特徴と特定の疾患や体質の関連をみて治療などにつなげる「ゲノム医療」とよばれる分野が急速に進展してきました。東北メディカル・メガバンク計画においても、一般の人びとの協力によって得られた遺伝情報を含むコホート調査の結果をもとに、学内外で数多くの研究成果が挙げられています。
ゲノム医療の発展によって、特定の疾患の発症リスクが高い個人が予防に努めることを促すといった「個別化ヘルスケア」の実現や、遺伝性疾患の原因解明などが期待されます。このような側面がある一方で、ゲノム医療研究の成果を実際に社会で活用しようとする場合には、さまざまな課題も存在します。
本総説では、健康な一般の人々の将来の疾患発症リスク予測に関する動向や、その社会実装を考えた場合に想定される問題点について、産業医や産業保健職をはじめとした、ゲノム医療の非専門家むけに解説を行っています。
産業保健分野では、労働が原因となる病気・けがや、もともと持っている病気の悪化を防ぐこと、さらに労働者の健康増進を目的とした活動が行われています。日本では、雇用主が労働者に積極的にゲノム検査を勧める状況にはありませんが、医療現場でのゲノム検査の広まり等を背景に、個人が自身の疾患発症リスクを知りうる機会がふえているほか、今後雇用主が福利厚生等の観点からリスク予測に関心を持つことも考えられます。しかしながら、リスク予測がまだ研究中の技術であることや、遺伝情報をもとにした職場での対応が「遺伝情報に基づく差別」となりうるなど、実際の利用には慎重な配慮が必要です。
研究機関や医療現場でのゲノム検査の動向紹介のほか、職場における遺伝子差別や情報漏洩といった懸念点の解説や、ゲノム医療自体が新しい分野であることから、遺伝情報の取り扱いに関する制度の整備が途上であるといった課題が整理されています。
書誌情報
タイトル:ゲノム情報に基づく疾患発症リスク予測と産業保健
著者名:泉陽子・長神風二
掲載誌:産業医学ジャーナル 47巻4号
掲載日:2024年7月4日
DOI: https://doi.org/10.34354/ohpfjrnl.47.4_52