発表のポイント
● 生体の恒常性を維持するKEAP1-NRF2系が酸化ストレス※1を感知する巧妙で鋭敏な機構を明らかにしました。
● KEAP1を標的としたNRF2活性化剤は、抗酸化や抗炎症などの生体防御機能を強めるため疾患の予防や治療への応用が期待されますが、酸化ストレス応答とは異なるメカニズムで作用することを明らかにしました。
● 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が公開する日本人多層オミックス参照パネル(jMorp)を用いた解析において、KEAP1機能が健常人の健康維持に重要であることを実証しました。
概要
東北大学大学院医学系研究科の佐藤美羽大学院生、同大学東北メディカル・メガバンク機構/医学系研究科の鈴木隆史准教授、山本雅之教授らは、KEAP1-NRF2系が生体内において酸化ストレスを感知して生体の恒常性を維持する巧妙な仕組みを明らかにしました。
酸化ストレスは老化の促進や、がんをはじめとする様々な疾患を引き起こす原因となりますが、転写因子※2NRF2は酸化ストレスに応答して活性化し、私たちの体を守っています。NRF2の活性はストレスセンサーKEAP1によって調節されています。これまでに、酸化ストレスの感知に働くKEAP1のシステイン残基※3の研究が行われてきましたが、生体内における重要性や機能はわかっていませんでした。
今回、含セレン抗酸化酵素群※4の機能破綻によって生じる酸化ストレスをKEAP1が巧妙な仕組みで鋭敏に感知して生体の恒常性維持に働くことを明らかにしました。また、KEAP1を標的としたNRF2活性化剤は、抗酸化や抗炎症などの生体防御機能を強め疾患の予防や治療への応用が期待されていますが、酸化ストレス応答とは異なるメカニズムでNRF2を活性化することを明らかにしました。さらに、jMorpから、KEAP1機能に重要なセンサー部位のバリアントは健常人には見られないことがわかりました。このことは、健常人の健康維持にKEAP1機能が重要であることを意味しています。これらの知見は、生体の酸化ストレス応答の分子基盤の理解を進め、KEAP1を標的としたNRF2活性化剤の創薬開発に有益な情報を与えるものです。
詳細な説明
研究の背景
これまで主に培養細胞を用いた解析から、KEAP1が酸化ストレスを感知してNRF2を活性化するメカニズムの研究が進められてきました。しかし、生体内で実際にKEAP1が酸化ストレスを感知する機能やその重要性についてよくわかっていませんでした。また、NRF2活性化は抗酸化や抗炎症などの生体防御機能を強めるため、国内外でNRF2活性化剤の創薬開発が進んでいますが、酸化ストレス応答との作用メカニズムの違いは不明でした。さらに、私たちの健康とKEAP1がどのように関わるのか詳しく調査されていませんでした。
今回の取り組み
酸化ストレス消去に重要な含セレン抗酸化酵素群の合成破綻マウスでは酸化ストレスが増加してNRF2が活性化します。しかし、酸化ストレスによってジスルフィド(-S-S-)結合を形成するシステイン残基を欠失したKEAP1を発現するマウスでは、NRF2が活性化できなくなることがわかりました。すなわち、生体内の酸化ストレス応答にこのKEAP1システイン残基が必要であることが明らかになりました。
一方、すでに米国で認可されているNRF2活性化剤の類似薬剤CDDO-Im※5の解析を進めたところ、KEAP1は酸化ストレス感知とは異なるシステイン残基を介してCDDO-Imを感知することを明らかにしました。このことは、たとえKEAP1酸化ストレスセンサーに変異や不具合が生じても、CDDO-ImのようなNRF2活性化剤を使用すれば生体防御機能を増強することが可能になることを意味します。
さらに、ToMMoが公開しているjMorpを用いて健常人におけるKEAP1のバリアントを探索したところ、KEAP1機能を失うような多型は見られないことがわかりました。このことは、私たちの健康維持にKEAP1機能が重要であることを意味します。
今後の展望
本研究により、生体の酸化ストレス応答の分子基盤の理解が進みました。この知見は、NRF2活性化剤の創薬開発に活用されることが期待されます。
用語説明
※1 酸化ストレス
活性酸素などの酸化反応によって生体にとって有害な作用を引き起こす状態。活性酸素と抗酸化物質、抗酸化酵素のバランスが崩れることで酸化ストレスが蓄積され、DNAやタンパク質、脂質などの生体分子が酸化される。これにより細胞機能障害が生じ、老化や様々な疾患の発症につながる。
※2 転写因子
DNAに結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質の総称。
※3 システイン残基
タンパク質を構成するアミノ酸の一つで、側鎖に反応性の高いチオール基(-SH基)を持っている。チオール基同士が酸化的に結合してジスルフィド結合(-S-S-)を生成することでタンパク質が折りたたまれ、その高次構造や活性に寄与する。
※4 含セレン抗酸化酵素群
セレンを構成成分として含む抗酸化酵素の総称。
※5 CDDO-Im
米国で承認されているNRF2活性化剤Omavoloxoloneの類似薬剤。
論文情報
タイトル:Sensor Systems of KEAP1 Uniquely Detecting Oxidative and Electrophilic Stresses Separately In Vivo
「KEAP1によるストレスセンサーの使い分けの実証」
著者:
東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 分子医化学分野
佐藤美羽、矢口菜穂子、飯島拓矢、村松亜紀、Liam Baird、鈴木隆史*、山本雅之*
*責任著者:東北メディカル・メガバンク機構・分子医化学分野 教授 山本雅之、医学系研究科/東北メディカル・メガバンク機構・分子医化学分野 准教授 鈴木隆史
掲載誌:Redox Biology
公開日:2024年9月17日
DOI: 10.1016/j.redox.2024.103355