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JAXAとの共同研究により、Nrf2が宇宙ストレスによる炎症・血栓形成を抑止することを発見

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ToMMoはJAXAと共同研究を実施しており、これまでにさまざまな成果を出しています。
この度、Nrf2が宇宙ストレスによる炎症・血栓形成を抑止することを発見し、論文としてCommunications Biology誌で発表しました。

発表のポイントは次の3つです。
・国際宇宙ステーション(ISS)に約1ヶ月間滞在したマウスの解析により、宇宙環境に滞在することで、組織では炎症性の遺伝子マーカーの発現が上昇する一方で、造血組織で免疫系遺伝子の発現が低下していた。
・また、肝臓での凝固線溶系遺伝子の発現が著増するなど、凝固因子や線溶因子の消費が加速されていた。
・環境ストレス防御に働く制御因子であるNrf2の遺伝子を欠失したマウス※1では、このような変化がさらに助長されており、宇宙環境で誘発される免疫低下や炎症、血栓性微小血管障害症に対する防御に、転写因子※2 Nrf2が抑止的に働くことが明らかになった。

宇宙放射線や微小重力などの宇宙環境ストレスに対する生体応答の詳細とその制御のメカニズムを解明することは、今後大きな発展が予想される、長期の宇宙飛行・滞在における健康維持のために非常に重要です。転写因子Nrf2は酸化ストレスを軽減する一群の酵素や、毒物を解毒処理するための酵素群の遺伝子の発現量を増加させ、生体防御に貢献していることが知られています。

東北大学チームは、JAXA「きぼう」利用フィジビリティスタディに応募・採択され、 2018 年から第3回小動物飼育ミッション(MHU-3)※3を実施しています。同ミッションでは、国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」においてNrf2 遺伝子ノックアウトマウスを約1ヶ月間飼育し、世界で初めて遺伝子ノックアウトマウスの宇宙滞在と全員の生存帰還に成功しました。

本成果をもとに、同チームでは、宇宙ストレスに対する生体応答・反応とそれを支えるNrf2の役割を詳細に解析し、1) 宇宙滞在により白色脂肪細胞サイズが肥大化するが、Nrf2遺伝子欠失マウスではその変化が軽減すること(Suzuki T et al. Commun Biol, 2020)(紹介記事)、2) 打ち上げ前、宇宙滞在中、地球帰還後の33時点において血中代謝物量はダイナミックに変化するが、Nrf2遺伝子欠失マウスではその変化が緩和されること(Uruno A et al. Commun Biol, 2021)(紹介記事)、血圧や骨の厚みを調節する腎臓の働きが宇宙ストレスにより変化するが、その調節を司る遺伝子発現がNrf2の有無で影響を受ける場合と受けない場合があること(Suzuki N et al. Kidney Int, 2021)(紹介記事)などを見いだしています。これらの発見から、宇宙滞在で生ずる身体変化や宇宙ストレスに応答する生体防御に、Nrf2が貢献していることが理解されました。

今回、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)の清水律子教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、および筑波大学の研究グループでは、あらたにMHU-3マウスの骨髄組織における遺伝子発現解析を実施しました。さらに、同マウスの血液学的解析を実施するとともに、既に宇宙生命科学統合データベースibSLS※4で公開されている肝臓や末梢組織、脾臓における遺伝子発現解析データも併せた総合的な解析を実施し、宇宙滞在が肝臓からの凝固線溶系遺伝子発現を亢進させるとともに、血小板寿命短縮の指標となる血小板サイズも増加させていることを発見しました。これは、宇宙滞在により凝固線溶系が活発となり、血小板がどんどん消費されていることを示しています。

さらに、本研究では宇宙に滞在することで、造血組織において赤血球系造血にかかわる遺伝子のみならず、免疫系遺伝子の発現が顕著に低下すること、一方、末梢組織での炎症マーカーとなる遺伝子の発現が顕著に増加することを見いだしました。炎症や免疫応答による刺激が血液凝固反応を誘導することはよく知られていますが、今回の宇宙マウスの解析から、宇宙環境ストレスが炎症や免疫応答を変化させ、その結果として、微小血栓が形成されやすい状態を惹起していることが理解されました。

興味深いことに、血小板サイズの増加、肝臓の凝固線溶系遺伝子発現の亢進、造血組織での免疫系遺伝子の発現低下や末梢組織での炎症マーカー遺伝子の増加など、宇宙滞在で惹起される一連の変化は、Nrf2 遺伝子欠失マウスでさらに助長されていました。即ち、Nrf2が宇宙ストレスにより惹起されるこれら症状を軽減する働きがあるということが実証されました(図1)。

【図 1】 宇宙滞在による微少血栓形成傾向はNrf2により抑止される
宇宙滞在により末梢組織で微少血栓が形成されやすい状態になり、血小板や凝固線溶系にかかわる因子が消費される。Nrf2はこのような状態を緩和する方向に働いている。宇宙環境由来ストレスは私たちの身体にいろいろな変化を引き起こすが、Nrf2の働きを活発にすることで、免疫低下や炎症の増悪、そして、微少血栓形成にかかわる病態を軽減できると考えられる。

用語説明

※1 遺伝子欠失・遺伝子ノックアウトマウス
遺伝子工学手法を用いて、染色体の遺伝子座に変異を導入して、特定の遺伝子を無効化した遺伝子改変マウス。遺伝子産物の機能を調べるために重要なモデル動物である。

※2 転写因子
DNAに結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質の総称。

※3 第 3 回小動物飼育ミッション(MHU-3)
2018年4月に12匹のマウスを米国ケネディ宇宙センターから打ち上げ、ISS「きぼう」で 31 日間飼育し、全マウスが生存した状態で帰還し、詳細な解析が進められた。 https://www.megabank.tohoku.ac.jp/news/27323

※4 ibSLS (Integrated Biobank for Space Life Science)
宇宙生命科学統合データベース。宇宙マウスの種々の解析データを統合して公開している、ToMMoとJAXAが共同で開発した公開データベース。 https://ibsls.megabank.tohoku.ac.jp/

書誌情報

タイトル:Nrf2 alleviates spaceflight-induced immunosuppression and thrombotic microangiopathy in mice.
「Nrf2 は宇宙飛行で引き起こされる免疫低下と血栓性微少血管障害症を軽減する」

著者:
○東北大学東北メディカル・メガバンク機構 清水律子#†、長谷川敦史、大槻晃史、田口恵子、勝岡史城†、宇留野晃、鈴木隆史、山本雅之
○東北大学大学院医学系研究科分子血液学分野 平野育生
○東北大学大学院医学系研究科 ラジオアイソトープセンター 鈴木未来子
○東北大学大学院医学系研究科 酸素生物学分野 鈴木教郎
○宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙航空研究開発機構有人宇宙技術部門 湯本茜、岡田理沙、白川正輝、芝大
○筑波大学 生命科学動物資源センター 解剖学発生学研究室 高橋智
#東北大学大学院医学系研究科を兼任、
†東北大学未来型医療創成センターを兼任

掲載誌:Communications Biology

公開日:2023年8月25日

DOI:10.1038/s42003-023-05251-w

関連リンク

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